巻次
-
552頁
表示設定
ブックマーク
表示設定
文字サイズ
書体
  • ゴシック
  • 明朝
カラー
テキスト情報
本文
画像情報
画像情報
本文

てのちに、真実報土には往生をとぐるなり。みずからの、おのおのの戒善、おのおのの自力の信、自力の善にては、実報土にはうまれずとなり。「不簡破戒罪根深」というは、「破戒」は、かみにあらわすところの、よろずの道俗の戒品をうけて、やぶりすてたるもの、これらをきらわずとなり。「罪根深」というは、十悪五逆の悪人、謗法闡提の罪人、おおよそ善根すくなきもの、悪業おおきもの、善心あさきもの、悪心ふかきもの、かようのあさましき、さまざまのつみふかきひとを、「深」という。ふかしということばなり。すべて、よきひと、あしきひと、とうときひと、いやしきひとを、無碍光仏の御ちかいには、きらわず、えらばれず、これをみちびきたまうをさきとし、むねとするなり。真実信心をうれば実報土にうまるとおしえたまえるを、浄土真宗の正意とすとしるべしとなり。「総迎来」は、すべてみな浄土へむかえかえらしむといえるなり。「但使回心多念仏」というは、「但使回心」は、ひとえに回心せしめよということばなり。「回心」というは、自力の心をひるがえし、すつるをいうなり。実報土にうまるるひとは、かならず金剛の信心のおこるを、「多念仏」ともうすなり。「多」は、大のこころなり。勝のこころなり。増上のこころなり。大は、おおきなり。勝は、すぐれたり。よろずの善にまされるとなり。増上は、よろずのことにすぐれたるなり。これすなわち他力本願無上のゆえなり。自力のこころをすつというは、ようよう、さまざまの、大小聖人、善悪凡夫の、みずからがみをよしとおもうこころをすて、みをたのまず、あしきこころをかえりみず、ひとすじに、具縛の凡愚、屠沽の下類、無碍光仏の不可思議の本願、広大智慧の名号を信楽すれば、煩悩を具足しながら、無上大涅槃にいたるなり。具縛は、よろずの煩悩にしばられたるわれらなり。煩は、みをわずらわす。悩は、