巻次 行 195頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 菩薩・人・天の所起の諸行は、みな阿弥陀如来の本願力に縁るがゆえに。何をもってこれを言わば、もし仏力にあらずは、四十八願すなわちこれ徒らに設けたまえらん。いま的しく三願を取りて、もって義の意を証せん。 願に言わく、「設い我仏を得たらんに、十方の衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは正覚を取らじと。ただ五逆と誹謗正法とをば除く」と。仏願力に縁るがゆえに、十念念仏してすなわち往生を得。往生を得るがゆえに、すなわち三界輪転の事を勉る。輪転なきがゆえに、このゆえに速やかなることを得る、一つの証なり。 願に言わく、「設い我仏を得たらんに、国の中の人天、定聚に住し必ず滅度に至らずは、正覚を取らじ」と。仏願力に縁るがゆえに、正定聚に住せん。正定聚に住せるがゆえに、必ず滅度に至らん。もろもろの回伏の難なし、このゆえに速やかなることを得る、二つの証なり。 願に言わく、「設い我仏を得たらんに、他方仏土のもろもろの菩薩衆、我が国に来生して、究竟して必ず一生補処に至らしめん。その本願の自在の所化、衆生のためのゆえに、弘誓の鎧を被て、徳本を積累し、一切を度脱して、諸仏の国に遊び、菩薩の行を修して、十方諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して、無上正真の道を立せしめんをば除く。常倫に超出し、諸地の行現前し、普賢の徳を修習せん。もししからずは正覚を取らじ」と。仏願力に縁るがゆえに、常倫に超出し、諸地の行現前し、普賢の徳を修習せん。常倫に超出し諸地の行現前するをもってのゆえに、このゆえに速やかなることを得る、三つの証なり。これをもって他力を推するに増上縁とす、しからざることを得んや。 紙面画像を印刷 前のページ p195 次のページ 第二版p215・216へ このページの先頭に戻る