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六巻の鈔を記して『教行信証之文類』と号す。彼の書に攄ぶる所義理甚深なり。所謂、凡夫有漏の諸善、願力成就の報土に入らざることを決し、如来利他の真心、安養勝妙の楽邦に生ぜしむることを呈し、殊に仏智信疑の得失を明かし、浄土報化の往生を感ずることを判ず。兼てはまた択瑛法師の釈義に就いて、横竪二出の名を摸すといえども、宗家大師の祖意を探りて、巧みに横竪二超の差を立つ。彼此助成して権実の教旨を標し、漸頓分別して長短の修行を弁ず。他人の未だ之を談ぜず、我が師独り之を存す。また『愚禿鈔』と題する選有り、同じく自解の義を述ぶる記たり。彼の文に云わく、「賢者の信を聞きて、愚禿が心を顕す。賢者の信は、内は賢にして外は愚なり。愚禿が信は、内は愚にして外は賢なり」と云々 此の釈、卑謙の言辞を仮りて、其の理翻対の意趣を存す。内に宏智の徳を備うといえども、名を碩才道人の聞きに衒わんことを痛み、外に只至愚の相を現じて、身を田父野叟の類に侔しくせんと欲す。是すなわち竊かに末世凡夫の行状を示し、専ら下根往生の実機を表する者をや。加之、あるいは二教相望して、四十二対の異を明かし、あるいは二機比校して、一十八対の別を顕す。大底、両典の巨細具に述ぶべからず。そもそも空聖人当教中興の篇によりて事に坐せし刻み、鸞聖人法匠上足の内として、同科の故に、忽ちに上都の幽棲を出でて遙かに北陸の遠境に配す。しかるあいだ居諸頻に転じ、涼燠屢悛まる。そのとき憍慢貢高の儔ら、邪見を翻してもちて正見に赴き、儜弱下劣の彙、怯退を悔いてもって弘誓に託す。貴賤の帰投遐邇合掌、都鄙の化導首尾満足す。遂にすなわち蓬闕勅免の恩新に加わりし時、華洛帰歟の運再び開けし後、九十有回生涯の終わりを迎えて、十万億西涅槃の果を証したまいしよりこのかた、星霜積もりて幾許の歳ぞ。年忌月忌本所報