巻次 行 187頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 訳なり。『僧伝』(梁高僧伝)に云わく、畺良耶舎ここには時称と云う。宋の元嘉の初めに京邑に建めたり。文帝のとき。 慈雲の讃に云わく、了義の中の了義なり。円頓の中の円頓なり、と。已上 大智唱えて云わく、円頓一乗なり。純一にして雑なし、と。已上 (正観記)律宗の戒度の云わく、仏名はすなわちこれ、劫を積んで薫修し、その万徳を攬る、すべて四字に彰る。このゆえに、これを称するに益を獲ること、浅きにあらず、と。已上 律宗の用欽の云わく、今もし我が心口をもって、一仏の嘉号を称念すれば、すなわち因より果に至るまで、無量の功徳具足せざることなし、と。已上 また云わく、一切諸仏、微塵劫を歴て実相を了悟して、一切を得ざるがゆえに、無相の大願を発して、修するに妙行に住することなし。証するに菩提を得ることなし。住するに国土を荘厳するにあらず。現ずるに神通の神通なきがゆえに、舌相を大千に遍くして、無説の説を示す。かるがゆえにこの経を勧信せしむ。あに心に思い、口に議るべけんや。私に謂わく、諸仏の不思議の功徳、須臾に弥陀の二報荘厳に収む。持名の行法は、かの諸仏の中に、また須らく弥陀を収むべきなり、と。已上 (観経義疏)三論の祖師、嘉祥の云わく、問う、念仏三昧は何に因ってか、よくかくのごとき多罪を滅することを得るや、と。解して云わく、仏に無量の功徳います。仏の無量の功徳を念ずるがゆえに、無量の罪を滅することを得しむ、と。已上 紙面画像を印刷 前のページ p187 次のページ 第二版p205・206へ このページの先頭に戻る