巻次
真仏土
315頁
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所以は、平等はこれ諸法の体相なり。諸法平等なるをもってのゆえに発心等し。発心等しきがゆえに道等し。道等しきがゆえに大慈悲等し。大慈悲はこれ仏道の正因なるがゆえに、「正道大慈悲」と言えり。慈悲に三縁あり。一つには衆生縁、これ小悲なり。二つには法縁、これ中悲なり。三つには無縁、これ大悲なり。大悲はすなわちこれ出世の善なり。安楽浄土はこの大悲より生ぜるがゆえなればなり。かるがゆえにこの大悲を謂いて浄土の根とす。ゆえに出世善根生と曰うなり、と。
 また云わく、問うて曰わく、「法蔵菩薩の本願力および龍樹菩薩の所讃を尋ぬるに、みなかの国に声聞衆多なるをもって奇とするに似たり、これ何の義あるや。」答えて曰わく、「声聞は実際をもって証とす。計るに更によく仏道の根芽を生ずべからず。しかるを仏、本願の不可思議の神力をもって、摂して彼に生ぜしむるに、必ず当にまた神力をもってそれをして無上道心を生ぜしむべし。譬えば鴆鳥水に入れば、魚蜯ことごとく死す。犀牛これに触るれば、死する者みな活えるがごとし。かくのごとき生ずべからずして生ぜしむ、所以に奇とすべし。しかるに五不思議の中に、仏法最も不可思議なり。仏よく声聞をしてまた無上道心を生ぜしめたまう。真に不可思議の至りなり。」
 また云わく、不可思議力とは、すべてかの仏国土の十七種荘厳功徳力、不可得思議なることを指すなり。諸経に説きて言わく、「五種の不可思議あり。一つには衆生多少不可思議、二つには業力不可思議、三つには龍力不可思議、四つには禅定力不可思議、五つには仏法力不可思議なり。この中に仏土不可思議に二種の力あり。一つには業力、謂わく法蔵菩薩の出世の善根と大願業力の所成なり。二つには正覚の阿弥陀法王の善く住持力