巻次 - 902頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 249一 南殿、山水の御縁の床の上にて、蓮如上人、仰せられ候う。「物の、思いたるより大きにちがう、と云うは、極楽へまいりてのことなるべし。ここにて、ありがたや、とうとやと、思うは、物の数にてもなきなり。かの土へ生まれての歓喜は、ことのはも有るべからず」と、仰せられしと。250一 人は、そらごと申さじと、嗜むを、随分とこそ思え、心に偽りあらじと、嗜む人は、さのみ多くはなき者なり。また、よき事はならぬまでも、世間・仏法、ともに心にかけ、嗜みたき事なりと云々251一 前々住上人、仰せられ候う。「『安心決定鈔』のこと、四十余年が間、御覧候えども、御覧じあかぬ」と、仰せられ候う。また、「金をほり出だすようなる聖教なり」と、仰せられ候う。252一 大坂殿にて、おのおのへ対せられ、仰せられ候う。「此の間申ししことは、『安心決定鈔』のかたはしを仰せられ候う」由に候う。「しかれば、当流の義は、『安心決定鈔』の儀、くれぐれ肝要」と、仰せられ候うと云々253一 法敬、申され候う。「とうとむ人より、とうとがる人ぞとうとかりける」と。前々住上人、仰せられ候う、「面白きことをいうよ。とうとむ体、殊勝ぶりする人は、とうとくもなし。ただ、有り難やと、とうとがる人こそ、とうとけれ。面白きことを云うよ。もっとものことを申され候う」との仰せ事に候うと云々254一 文亀三、正月十五日の夜、兼縁、夢に云わく、「前々住上人、兼縁へ御問いありて、仰せられ候うよう、「いたずらにある事、あさましく思し召し候えば、稽古かたがた、せめて、一巻の経をも、日に一度、皆々寄り合いて、よみ申せ」と、仰せられけり」と云々 余りに、人の、むなしく月日を送り候うことを、悲しく思 紙面画像を印刷 前のページ p902 次のページ 第二版p1077・1078へ このページの先頭に戻る