巻次 信 257頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 刀すでに罪なきがごとし。人、いかんぞ罪あらんや。毒、人を殺す、毒実に人にあらず。毒薬、罪人にあらざるがごとし。いかんぞ罪あらんや。一切万物、みなまたかくのごとし。実に殺害なけん。いかんぞ罪あらんや。やや願わくは大王、愁苦を生ずることなかれ。何をもってのゆえに、もし常に愁苦せば、愁ついに増長せん。人眠を喜めば、眠すなわち滋く多きがごとし。婬を貪し酒を嗜むも、またかくのごとし。いま大師あり、「迦羅鳩駄迦旃延」と名づく。 また一の臣あり、「無所畏」と名づく。いま大師あり、「尼乾陀若提子」と名づく。乃至 その時に大医、名づけて「耆婆」と曰う。王の所に往至して、白して言さく、「大王、安くんぞ眠ることを得んや、不や」と。王、偈をもって答えて言わまく、乃至 耆婆、我今病重し。正法の王において悪逆害を興ず。一切の良医・妙薬・呪術・善巧瞻病の治することあたわざるところなり。何をもってのゆえに。我が父法王、法のごとく国を治む、実に辜なし。横に逆害を加す、魚の陸に処するがごとし。乃至 我昔かつて智者説きて言うことを聞きき、身口意業もし清浄ならずは当に知るべし、この人必ず地獄に堕せん、と。我またかくのごとし。いかんぞ当に安穏に眠ることを得べきや。今我また無上の大医なし、法薬を演説せんに、我が病苦を除きてんや。耆婆、答えて言わく、善いかな、善いかな、王、罪を作すといえども、心に重悔を生じて慙愧を懐けり。大王、諸仏世尊常にこの言を説きたまわく、「二つの白法あり、よく衆生を救く。一つには慙、二つには愧なり。「慙」は自ら罪を作らず、「愧」は他を教えて作さしめず。「慙」は内に自ら羞恥す、「愧」は発露して人に向かう。「慙」は人に羞ず、「愧」は天に羞ず。これを「慙愧」と名づく。「無慙愧」は名づけて 紙面画像を印刷 前のページ p257 次のページ 第二版p292・293へ このページの先頭に戻る