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門にいれ。浄土門にいらんとおもわば、正雑二行のなかに、しばらくもろもろの雑行をなげすててえらんで正行に帰すべし。正行を修せんとおもわば、正助二業のなかに、なお助業をかたわらにしてえらんで正定をもっぱらにすべし。正定の業というは、すなわちこれ仏名を称するなり。みなを称すればかならずうまるることをう。仏の本願によるがゆえに」となり。すでに南無阿弥陀仏をもって、正定の業と、なづく。「正定の業」というは、まさしくさだまるたねというこころなり。これすなわち、往生のまさしくさだまるたねは念仏の一行なりと、なり。「自余の一切の行は、往生のためにさだまれるたねにあらず」ときこえたり。しかれば、決定往生のこころざしあらんひとは、念仏の一行をもっぱらにして、専修専念・一向一心なるべきこと、祖師の解釈はなはだあきらかなるものをや。しかるにこのごろ浄土の一宗において、面々に義をたて行を論ずるいえいえ、みなかの黒谷のながれにあらずということなし。しかれども解行みなおなじからず。おのおの真仮をあらそい、たがいに邪正を論ず。まことに是非をわきまえがたしといえども、つらつらその正意をうかがうに、もろもろの雑行をゆるし諸行の往生を談ずる義、とおくは善導和尚の解釈にそむき、ちかくは源空聖人の本意にかないがたきものをや。しかるにわが親鸞聖人の一義は、凡夫のまめやかに生死をはなるべきおしえ、衆生のすみやかに往生をとぐべきすすめなり。そのゆえは、ひとえにもろもろの雑行をなげすてて、もっぱら一向専修の一行をつとむるゆえなり。これすなわち余の一切の行はみなとりどりにめでたけれども、弥陀の本願にあらず、釈尊付属の教にあらず、諸仏証誠の法にあらず。念仏の一行はこれ弥陀選択の本願なり、釈尊付属の行なり。諸仏証誠の法なればなり。釈迦・弥陀および十方の諸仏の御こころにしたがいて