- あ
- あ
- あ
- ゴシック
- 明朝
- あ
- あ
- あ
「顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽」というは、かの龍樹の『十住毘婆娑論』(易行品)に念仏をほめたまうに、二種の道をたてたまうに、ひとつには難行道、ふたつに易行道なり。その難行道の修しがたきことをたとうるに、陸地のみちをあゆぶがごとしといえり。易行道の修しやすきことをたとうるに、みずのうえをふねにのりてゆくがごとしといえり。
「憶念弥陀仏本願 自然即時入必定」というは、本願力の不思議を憶念する人は、おのずから必定にいるべきものなり、といえる心なり。
「唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩」というは、真実の信心を獲得せん人は、行住座臥に名号をとなえて、大悲弘誓の恩徳を報じたてまつれ、といえる心なり。
「天親菩薩造論説 帰命無碍光如来」というは、この天親菩薩も龍樹とおなじく千部の論師なり。仏滅後九百年にあたりて出世したまう。『浄土論』一巻をつくりて、あきらかに三経の大意をのべ、もっぱら無碍光如来に帰命したてまつりたまえり。
「依修多羅顕真実 光闡横超大誓願 広由本願力回向 為度群生彰一心」というは、この菩薩、大乗経によりて真実をあらわす、その真実というは念仏なり。横超の大誓願をひらきて、本願の回向によりて群生を済度せんがために、論主も一心に無碍光に帰命し、おなじく衆生も一心にかの如来に帰命せよ、とすすめたまえり。
「帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数」というは、大宝海というは、よろずの衆生をきらわず、さわりなく
