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なり。仏の、仏に御なり候うは、不思議にてもなく候う。悪凡夫の、弥陀をたのむ一念にて、仏になるこそ不思議よ」と、仰せられ候うなり。
79一 「朝夕、如来・聖人の御用にて候うあいだ、冥加の方をふかく存ずべき」よし、折々、前々住上人、仰せられ候う由に候う。
80一 前々住上人(蓮如)、仰せられ候う。「「かむとはしるとも、呑むとしらすな」と云うことがあるぞ。妻子を帯し、魚鳥を服し、罪障の身なりといいて、さのみ思いのままにはあるまじき」由、仰せられ候う。
81一 「仏法には無我」と、仰せられ候う。「われ、と思うことは、いささかあるまじきことなり。われはわろし、とおもう人、なし。これ、聖人の御罰なり」と、御詞候う。他力の御すすめにて候う。ゆめゆめ、「われ」ということはあるまじく候う。「無我」と云うこと、前住上人(実如)も、度々、仰せられ候う。
82一 「日比しれるところを、善知識にあいてとえば、徳分あるなり。しれるところをとえば徳分ある、といえるが、殊勝のことばなり」と、蓮如上人、仰せられ候う。「知らざる処をとわば、いかほど殊勝なることあるべき」と、仰せられ候う。
83一 「聴聞を申すも、大略、我がためとおもわず、ややもすれば、法文の一つをもききおぼえて、人にうりごころある」との仰せごとにて候う。
84一 一心にたのみ奉る機は、如来の、よくしろしめすなり。弥陀の、ただ、しろしめすように、心中をもつべし。冥加をおそろしく存ずべきことにて候う、との義に候う。