巻次 - 1095頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 ふたつに念仏往生というは、阿弥陀の名号をとなえて往生をねがうなり。これは、かの仏の本願に順ずるがゆえに、正定の業となづく。ひとえに弥陀の願力にひかるるがゆえに、他力の往生となづく。 そもそも名号をとなうるは、なにのゆえに、かの仏の本願にかなうとはいうぞというに、そのことのおこりは、阿弥陀如来、いまだ仏になりたまわざりしむかし、法蔵比丘ともうしき。そのときに、仏ましましき。世自在王仏ともうしき。法蔵比丘、すでに菩提心をおこして、清浄の国土をしめて、衆生を利益せんとおぼして、仏のみもとへまいりてもうしたまわく、「われすでに菩提心をおこして、 紙面画像を印刷 前のページ p1095 次のページ 初版p917へ このページの先頭に戻る