巻次 - 1155頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 十七条憲法夏四月の丙寅の朔戊辰のひ(推古十二・六〇四年四月三日)、皇太子(聖徳太子)、親ら肇めて憲しき法、十七条作りたまう。 一に曰わく、和らぐを以て貴しとし、忤うること無きを宗とす。人皆、党有り。亦達る者少なし。是を以て、或いは君父に順わず、乍、隣里に違えり。然れども、上和らぎ下睦びて、事を論うに諧うときは、則ち事理自ずからに通う。何事か成らざらん。 二に曰わく、篤く三宝を敬え。三宝は仏・法・僧なり。則ち四の生の終の帰、万の国の極の宗なり。何れの世、何れの人か、是の法を貴びずあらん。人、尤だ悪しきもの鮮なし。能く教うるをもって、之に従う。其れ三宝に帰りまつらずは、何を以てか枉れるを直さん。 三に曰わく、詔を承りては、必ず謹め。君をば則ち天とす。臣をば則ち地とす。天は覆い地は載せて、四の時、順い行いて、万の気、通うことを得。地、天を覆わんと欲るときは、則ち壊るることを致さんならくのみ。是を以て、君言うをば、臣承る。上行うときは、下靡く。故、詔を承りては、必ず慎め。謹まずは、自ずからに敗れなん。 四に曰わく、群卿・百寮、礼を以て本とす。其れ民を治むるの本、要ず礼に在り。上、 紙面画像を印刷 前のページ p1155 次のページ 初版p963へ このページの先頭に戻る