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即ち仏の名号を以て『経』の体とするなり。
 何を以てか出世の大事なりと知ることを得るとならば、

 『大無量寿経』に言わく、「「今日、世尊、諸根悦予し姿色清浄にして光顔巍巍とましますこと、明らかなる鏡、浄き影、表裏に暢るが如し。威容顕曜にして超絶したまえること無量なり。未だ曾て瞻覩せず、殊妙なること今の如くましますをば。唯然なり、大聖。我が心に念言すらく、今日、世尊、奇特の法に住したまえり。今日、世雄、仏の所住に住したまえり。今日、世眼、導師の行に住したまえり。今日、世英、最勝の道に住したまえり。今日、天尊、如来の徳を行じたまえり。去来現の仏、仏と仏と相念じたまえり。今の仏も諸仏を念じたまうこと無きことを得んや。何が故ぞ、威神の光、光乃し爾る」と。
 是に世尊、阿難に告げて曰わく、「諸天の汝を教えて来たして仏に問わしむるや、自ら慧見を以て威顔を問えるや」と。
 阿難、仏に白さく、「諸天の来たりて我を教うる者有ること無けん。自ら所見を以て斯の義を問いたてまつるならくのみ」と。
 仏の言わく、「善いかな、阿難。問える所、甚だ快し。深き智慧・真妙の弁才を発して、衆生を愍念せんとして斯の慧義を問えり。如来、無蓋の大悲を以て三界を矜哀したまう。世に出興する所以は、道教を光闡して、群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり。無量億劫に

漢文

号為経体也。
何以得知出世大事、