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 爾れば、名を称するに、能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を満てたまう。称名は則ち是れ最勝真妙の正業なり。正業則ち是れ念仏なり。念仏則ち是れ南無阿弥陀仏なり。南無阿弥陀仏即ち是れ正念なりと知るべしと。

 『十住毘婆沙論』に曰わく(入初地品)、「有る人の言わく、「般舟三昧及び大悲を「諸仏の家」と名づく。此の二法より諸の如来を生ず。」此の中に般舟三昧を父とす。又大悲を母とす。復た次に般舟三昧は是れ父なり。無生法忍は是れ母なり。『助菩提』(菩提資糧論)の中に説くが如し。

般舟三昧の父、大悲無生の母、一切の諸の如来、是の二法より生ずと。

家に過咎無ければ家清浄なり。故に清浄は六波羅蜜・四功徳処なり。方便般若波羅蜜は善慧なり。般舟三昧・大悲・諸忍、是の諸法、清浄にして過有ること無し。故に「家清浄」と名づく。是の菩薩、此の諸法を以て家とするが故に過咎有ること無けん。世間道を転じて出世上道に入る者なり。世間道を即ち是れ「凡夫所行の道」と名づく。転じて「休息」と名づく。凡夫道は、究竟して涅槃に至ること能わず。常に生死に往来す。是れを「凡夫道」と名づく。出世間は、是の道に因りて三界を出ずることを得るが故に「出世間道」と名づく。「上」は妙なるが故に、名づけて「上」とす。「入」は正しく道を行ずるが故に、名づけて「入」とす。是の心を以て初地に

漢文

爾者称名能破衆生一切無明、能満衆生一切志願。称名則是最勝真妙正業。正業則是念仏。念仏則是南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏即是正念也可知。