巻次
270頁
表示設定
ブックマーク
表示設定
文字サイズ
書体
  • ゴシック
  • 明朝
カラー
テキスト情報
本文
画像情報
画像情報
本文

是の故に彼の安楽浄土に生まれんと願ずるは、要ず無上菩提心を発するなり。若し人、無上菩提心を発せずして、但、彼の国土の受楽、間無きを聞きて、楽の為の故に生まれんと願ぜん。亦当に往生を得ざるべきなり。是の故に言うこころは、「自身住持の楽を求めず。一切衆生の苦を抜かんと欲うが故に」(論)と。「住持楽」は、謂わく、彼の安楽浄土は、阿弥陀如来の本願力の為に住持せられて、受楽、間無きなり。凡そ回向の名義を釈せば、謂わく、己が所集の一切の功徳を以て、一切衆生に施与したまいて、共に仏道に向かえしめたまうなり」と。抄出
 元昭(元照)律師の云わく(阿弥陀経義疏)、「他の為すこと能わざるが故に「甚難」(阿弥陀経)なり。世、挙って未だ見たてまつらざるが故に「希有」(同)なり」といえり。
 又云わく(元照阿弥陀経義疏)、「念仏法門は、愚智豪賤を簡ばず、久近善悪を論ぜず。唯、決誓猛信を取れば、臨終悪相なれども十念に往生す。此れ乃ち具縛の凡愚、屠沽の下類、刹那に超越する成仏の法なり。「世間甚難信」と謂うべきなり。」
 又云わく(元照阿弥陀経義疏)、「此の悪世にして修行成仏するを難とするなり。諸の衆生の為に此の法門を説くを二の難とするなり。前の二難を承けて、則ち諸仏所讃の虚しからざる意を彰す。衆生、聞きて信受せしめよとなり」と。已上
 律宗の用欽の云わく(超玄記)、「法難を説く中に、良に此の法を以て凡を転じて聖と成すこと、掌を反すが猶くなるをや。大きに為れ易かるべきが故に。凡そ浅き衆生は多く疑惑を生ぜん。