巻次
285頁
表示設定
ブックマーク
表示設定
文字サイズ
書体
  • ゴシック
  • 明朝
カラー
テキスト情報
本文
漢文
画像情報
画像情報
本文

まれんと願じき」と。已上

 「仮」と言うは、即ち是れ聖道の諸機、浄土の定散の機なり。

 故に光明師(善導)の云わく(般舟讃)、「仏教多門にして八万四なり。正しく、衆生の機、不同なるが為なり」と。
 又云わく(法事讃)、「方便の仮門、等しくして殊無し」と。
 又云わく(般舟讃)、「門門不同なるを「漸教」と名づく。万劫苦行して無生を証す」と。已上

 「偽」と言うは、則ち六十二見、九十五種の邪道、是れなり。

 『涅槃経』(大衆所問品)に言わく、「世尊、常に説きたまわく、「一切の外は九十五種を学びて、皆、悪道に趣く」と。」已上
 光明師(善導)の云わく(法事讃)、「九十五種、皆、世を汚す。唯仏の一道、独り清閑なり」と。已上

 誠に知りぬ、悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快まざることを、

漢文

言仮者、即是聖道諸機、浄土定散機也。


言偽者、則六十二見、九十五種之邪道、是也。


誠知、悲哉、愚禿鸞、沈没於愛欲広海、迷惑於名利太山、不喜入定聚之数、不快近真証之証、可恥、可傷矣。