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耆婆の為の故に即便ち放捨して、遮りて大王の衣服・臥具・飲食・湯薬を断つ。七日を過ぎ已るに、王の命、便ち終りぬと。
 善見太子、父の喪を見已りて、方に悔心を生ず。雨行大臣〔或る本、「行雨」〕、復た種種の悪邪の法を以て、為に之を説く。「大王。一切の業行、都て罪有ること無し。何故ぞ今者、悔心を生ずるや」と。耆婆、復た言わく、「大王、当に知るべし。是くの如きの業は、罪業二重なり。一には父の王を殺す、二には須陀洹を殺せり。是くの如きの罪は、仏を除きて更に能く除滅したまう者無さず」と。善見王言わく、「如来は清浄にして、穢濁有すこと無し。我等罪人、云何してか、見たてまつることを得ん。」
 善男子。我、是の事を知らんと。阿難に告げたまわく、「三月を過ぎ已りて、吾、当に涅槃すべきが故に」と。善見、聞き已りて、即ち我が所に来たれり。我、為に法を説きて、重罪をして薄きことを得しめき。無根の信を獲しむ。
 善男子。我が諸の弟子、是の説を聞き已りて、我が意を解らざるが故に是の言を作さく、「如来、定んで畢竟涅槃を説きたまえり。」善男子。菩薩に二種あり。一には実義、二には仮名なり。仮名の菩薩、我、三月あって当に涅槃に入るべしと聞きて、皆、退心を生じて是の言を作さく、「如し其れ如来、無常にして住したまわずは、我等、何がせん。是の事の為の故に無量世の中に大苦悩を受けき。如来世尊は無量の功徳を成就し具足したまいて、尚壊すること能わず、是くの如き