巻次 信 311頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 ことを貪して生を願ぜんは、亦水に非ざるの氷、煙無きの火を求めんが如し。豈に得る理有らんや。 問うて曰わく、何等の相か、是れ誹謗正法なるや。 答えて曰わく、若し「無仏・無仏法・無菩薩・無菩薩法」と言わん。是くの如き等の見をもって、若しは心に自ら解り、若しは他に従いて、其の心を受けて決定するを、皆「誹謗正法」と名づくと。 問うて曰わく、是くの如き等の計は、但是れ己が事なり。衆生に於いて何の苦悩有ればか、五逆重罪に踰えんや。 答えて曰わく、若し諸仏・菩薩、世間・出世間の善道を説きて衆生を教化する者無さずは、豈に仁・義・礼・智・信有ることを知らんや。是くの如き世間の一切善法、皆断じ、出世間の一切賢聖、皆滅しなん。汝、但、五逆罪の重たることを知りて、五逆罪の正法無きより生ずることを知らず。是の故に謗正法の人は、其の罪、最重なりと。 問うて曰わく、業道経に言わく、「業道は称の如し。重き者、先ず牽く」と。『観無量寿経』に言うが如し。「人有りて、五逆・十悪を造り諸の不善を具せらん。悪道に堕して多劫を逕 紙面画像を印刷 前のページ p311 次のページ 初版p273・274へ このページの先頭に戻る