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(八) また、「五説」というは、よろずの経をとかれ候うに、五種にはすぎず候うなり。一には仏説、二には聖弟子の説、三には天仙の説、四には鬼神の説、五には変化の説といえり。このいつつのなかに、仏説をもちいて、かみの四種をたのむべからず候う。この三部経は、釈迦如来の自説にてましますとしるべしとなり。「四土」というは、一には法身の土、二には報身の土、三には応身の土、四には化土なり。いまこの安楽浄土は報土なり。「三身」というは、一には法身、二には報身、三には応身なり。いまこの弥陀如来は報身如来なり。「三宝」というは、一には仏宝、二には法宝、三には僧宝なり。いまこの浄土宗は仏宝なり。「四乗」というは、一には仏乗、二には菩薩乗、三には縁覚乗、四には声聞乗なり。いまこの浄土宗は菩薩乗なり。「二教」というは、一には頓教、二には漸教なり。いまこの教は頓教なり。「二蔵」というは、一には菩薩蔵、二には声聞蔵なり。いまこの教は菩薩蔵なり。「二道」というは、一には難行道、二には易行道なり。いまこの浄土宗は易行道なり。「二行」というは、一には正行、二には雑行なり。いまこの浄土宗は正行を本とするなり。「二超」というは、一には竪超、二には横超なり。いまこの浄土宗は横超なり。竪超は聖道自力なり。「二縁」というは、一には無縁、二には有縁なり。いまこの浄土は有縁の教なり。「二住」というは、一には止住、二には不住なり。いまこの浄土教は、法滅百歳まで住したまいて、有情を利益したまうとなり。不住は聖道諸善なり。諸善はみな龍宮へかくれいりたまいぬるなり。「思・不思」というは、思不思議