巻次
-
899頁
表示設定
ブックマーク
表示設定
文字サイズ
書体
  • ゴシック
  • 明朝
カラー
テキスト情報
本文
画像情報
画像情報
本文

二壬戌黄鐘二十八日、前念命終の業成を彰して、後念即生の素懐を遂げたまいき。嗟呼、禅容隠れて、何くにか在す、給仕を数十箇回の月に隔つ。遺訓絶えて幾の程ぞ、旧跡を一百余年の霜に慕う。彼の遺恩を重くする門葉、其の身命を軽くする後昆、毎年を論ぜず、遼絶を遠しとせず、境関千里の雲を凌ぎて、奥州より歩みを運び、隴道万程の日を送りて諸国より群詣す。廟堂に跪きて涙を拭い、遺骨を拝して腸を断つ。入滅、年遙かなりと雖も、往詣挙りて未だ絶えず。哀れなるかな、恩顔は寂滅の煙に化したまうと雖も、真影を眼前に留めたまう。悲しきかなや、徳音は無常の風に隔たると雖も、実語を耳の底に貽す。撰び置きたまう所の書籍、万人、之を披きて多く西方の真門に入り、弘通したまう所の教行、遺弟、之を勧めて広く片域の群萌を利す。凡そ厥の一流の繁昌は、殆ど在世に超過せり。倩つら平生の化導を案じ、閑に当時の得益を憶うに、祖師聖人は直也人に匪さず、則ち是れ権化の再誕なり。已に弥陀如来の応現と称し、亦曇鸞和尚の後身とも号す。皆是れ夢の中に告を得、幻の前に瑞を視し故なり。況んや自ら名のりて親鸞と曰う。測り知りぬ、曇鸞の化現なりということを。然れば則ち聖人、修習念仏の故に、往生極楽の故に、宿命通を以ちて知恩報徳の志を鑑み、方便力を以ち有縁無縁の機を導きたまわん。願わくは師弟芳契の宿因に依りて、必ず最初引接の利益を垂れたまえ。仍りて各おの他力に帰して仏号を唱えよ。頌に曰わく、

「身心毛孔皆得悟 菩薩聖衆皆充満 自化神通入彼会 憶本娑婆知識恩」(般舟讃)