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 又言わく(如来会)、「阿難。此の義利を以ての故に、無量無数不可思議無有等等無辺世界の諸仏如来、皆共に無量寿仏の所有の功徳を称讃したまう」と。已上
 『仏説諸仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏檀過度人道経』〔『大阿弥陀経』と云う。『二十四願経』と云う。〕に言わく、「第四に願ずらく、某作仏せしむ時、我が名字をもって、皆、八方上下無央数の仏国に聞こえしめん。皆、諸仏各おの比丘僧大衆の中にして、我が功徳・国土の善を説かしめん。諸天・人民・蜎飛・蠕動の類、我が名字を聞きて慈心せざるは莫けん。歓喜踊躍せん者、皆、我が国に来生せしめ、是の願を得て乃し作仏せん。是の願を得ずは、終に作仏せじ」と。已上
 『無量清浄平等覚経』巻上に言わく、「「我作仏せん時、我が名をして八方上下無数の仏国に聞かしめん。諸仏各おの弟子衆の中にして、我が功徳・国土の善を嘆ぜん。諸天・人民・蠕動の類、我が名字を聞きて、皆悉く踊躍せんもの、我が国に来生せしめん。爾らずは、我、作仏せじ」と。
 「我作仏せん時、他方仏国の人民、前世に悪の為に我が名字を聞き、及び正しく道の為に我が国に来生せんと欲わん。寿終えて、皆、復た三悪道に更らざらしめて、則ち我が国に生まれんこと、心の所願に在らん。爾らずは、我、作仏せじ」と。