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ず。之を「金剛の如し」と喩うるなり。

 『観経義』(玄義分)に「道俗時衆等、各おの無上心を発せども、生死、甚だ厭い難く、仏法、復た欣い難し。共に金剛の志を発して、横に四流を超断せよ。正しく金剛心を受け、一念に相応して後、果、涅槃を得ん者」と云えり。抄要
 又云わく(序分義)、「真心徹到して、苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣いて、永く常楽に帰すべし。但無為の境、軽爾として即ち階うべからず。苦悩の娑婆、輒然として離るることを得るに由無し。金剛の志を発すに非ずよりは、永く生死の元を絶たんや。若し親り慈尊に従いたてまつらずは、何ぞ能く斯の長き歎を勉れん」と。
 又云わく(定善義)、「「金剛」(観経)と言うは即ち是れ無漏の体なり。」已上

 信に知りぬ。「至心」・「信楽」・「欲生」、其の言異なりと雖も、其の意、惟れ一なり。何を以ての故に。三心、已に疑蓋、雑わること無し。故に真実の一心なり。是れを「金剛の真心」と名づく。金剛の真心、是

漢文

如金剛也。


信知。至心・信楽・欲生、其言雖異、其意惟一。何以故。三心已疑蓋無雑。故真実一心。是名金剛真心。金剛真心、是名真実信心。真実信心必具名号、名号必不