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は、若しは山林にも在れ、若しは聚落にも在れ、若しは昼、若しは夜、若しは座、若しは臥、諸仏世尊、常に此の人を見そなわすこと、目の前に現ぜるが如し。恒に此の人の与にして受施を作さん」と。」乃至
 『大智度論』に依るに三番の解釈有り。第一には、仏は是れ無上法王なり。菩薩は法臣とす。尊ぶ所、重くする所、唯仏世尊なり。是の故に当に常に念仏すべきなり。第二に、諸の菩薩有りて自ら云わく、「我、曠劫より已来、世尊、我等が法身・智身・大慈悲身を長養することを蒙ることを得たりき。禅定・智慧・無量の行願、仏に由りて成ずることを得たり。報恩の為の故に、常に仏に近づかんことを願ず。亦、大臣の、王の恩寵を蒙りて、常に其の王を念うが如し。」第三に、諸の菩薩有りて復た是の言を作さく、「我、因地にして、善知識に遇いて波若を誹謗して悪道に堕しき。無量劫を逕て余行を修すと雖も、未だ出ずること能わず。後に一時に於いて、善知識の辺に依りしに、我を教えて念仏三昧を行ぜん。其の時に即ち能く併しながら、諸の障、方に解脱を得しむ。斯の大益有るが故に、願じて仏を離れず」と。乃至
 『大経』に云わく、「凡そ浄土に往生せんと欲わば、発菩提心を須いるを要とするを源とす。」云何ぞ。菩提は乃ち是れ無上仏道の名なり。若し発心作仏せんと欲わば、此の心、広大にして法界に周遍せん。此の心、長遠にして未来際を尽くす。此の心、普く備に二乗の障を離る。若し能く一たび発心すれば、無始生死の有輪を傾くと。乃至