巻次 化本 415頁 表示設定 ブックマーク 表示設定 文字サイズ あ あ あ 書体 ゴシック 明朝 カラー あ あ あ テキスト情報 本文 画像情報 画像情報 本文 持読誦説せん。是の故に名づけて「聞不具足」とす」と。略抄 又言わく(徳王菩薩品)、「「善男子。第一真実の善知識は、謂わゆる、菩薩・諸仏なり。」 「世尊。何を以ての故に。」 「常に三種の善調御を以ての故なり。何等をか三とする。一には畢竟軟語、二には畢竟呵責、三には軟語呵責なり。是の義を以ての故に菩薩・諸仏は即ち是れ真実の善知識なり。復た次に善男子。仏及び菩薩を大医とするが故に「善知識」と名づく。何を以ての故に。病を知りて薬を知る。病に応じて薬を授くるが故に。譬えば良医の善き八種の術の如し。先ず病相を観ず。相に三種有り。何等をか三とする。謂わく、風・熱・水なり。風病の人には、之に蘇油を授く。熱病の人には、之に石蜜を授く。水病の人には、之に薑湯を授く。病根を知るを以て、薬を授くるに差することを得。故に「良医」と名づく。仏及び菩薩も亦復是くの如し。諸の凡夫の病を知るに三種有り。一には貪欲、二には瞋恚、三には愚痴なり。貪欲の病には骨相を教観せしむ。瞋恚の病には慈悲相を観ぜしむ。愚痴の病には十二縁相を観ぜしむ。是の義を以ての故に諸仏・菩薩を「善知識」と名づく。善男子。譬えば、船師の、善く人を度すが故に「大船師」と名づくるが 紙面画像を印刷 前のページ p415 次のページ 初版p353・354へ このページの先頭に戻る