巻次
646頁
表示設定
ブックマーク
表示設定
文字サイズ
書体
  • ゴシック
  • 明朝
カラー
テキスト情報
本文
画像情報
画像情報
本文

るべしとなり。「欲入浄土門」というは、浄土門にいらんとおもわばというなり。「正雑二行中且抛諸雑行」というは、正・雑二行ふたつのなかに、しばらくもろもろの雑行をなげすて、さしおくべしとなり。「選応帰正行」というは、えらびて正行に帰すべしとなり。「欲修於正行正助二業中 猶傍於助業」というは、正行を修せんとおもわば、正行・助業ふたつのなかに、助業をさしおくべしとなり。「選応専正定」というは、えらびて正定の業をふたごころなく修すべしとなり。「正定之業者 即是称仏名」というは、正定の業因は、すなわちこれ仏名をとなうるなり。正定の因というは、かならず無上涅槃のさとりをひらくたねともうすなり。「称名必得生 依仏本願故」というは、御名を称するは、かならず安楽浄土に往生をうるなり。仏の本願によるがゆえなりとのたまえり。
 またいわく、「当知生死之家」というは、「当知」は、まさにしるべしとなり。「生死之家」は、生死のいえというなり。「以疑為所止」というは、大願業力の不思議をうたがうこころをもって、六道四生・二十五有・十二類生にとどまるとなり。いまにひさしく世にまようとしるべしとなり。「涅槃之城」ともうすは、安養浄刹をいうなり。これを涅槃のみやことはもうすなり。「以信為能入」というは、真実信心をえたる人の、如来の本願の実報土に、よくいるとしるべしとのたまえるみことなり。信心は菩提のたねなり。無上涅槃をさとるたねなりとしるべしとなり。

法印聖覚和尚の銘文