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 空聖人、罪名藤井元彦、配所土佐国 幡多、鸞聖人、罪名藤井善信、配所越後国 国府、此の外の門徒、死罪・流罪みな之を略す。皇帝 諱守成、佐渡院と号す。 聖代建暦辛の未の歳子月中旬第七日、岡崎中納言範光卿をもって勅免、此の時聖人右のごとく、禿の字を書きて奏聞し給うに、陛下叡感をくだし、侍臣おおきに褒美す。勅免ありといえども、かしこに化を施さんために、なおしばらく在国し給いけり。

(絵)

 聖人、越後国より常陸国に越えて、笠間郡稲田郷という所に隠居したまう。幽栖を占むといえども、道俗、跡をたずね、蓬戸を閉ずといえども、貴賤、衢に溢る。仏法弘通の本懐、ここに成就し、衆生利益の宿念、たちまちに満足す。此の時、聖人仰せられて云わく、「救世菩薩の告命を受けし往の夢、既に今と符合せり。」

(絵)

 聖人、常陸国にして、専修念仏の義をひろめ給うに、おおよそ、疑謗の輩はすくなく、信順の族はおおし。しかるに一人の僧 山臥と云々 ありて、動もすれば、仏法に怨をなしつつ、結句、害心を挿んで、聖人を時々うかがいたてまつる。聖人、板敷山という深山を恒に往反し給いけるに、彼の山にして度々相待つといえども、さらに其の節をとげず、倩つら、ことの参差を案ずるに、頗る奇特のおもいあり。仍って、聖人に謁せんとおもう心つきて、禅室に行きて尋ね申すに、聖