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下本 | 下末
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人左右なく出で会いたまいにけり。すなわち尊顔にむかいたてまつるに、害心忽ちに消滅して、剰え後悔の涙禁じがたし。ややしばらくありて、有りのままに、日来の宿鬱を述すといえども、聖人、又おどろける色なし。たちどころに弓箭をきり、刀杖をすて、頭巾をとり、柿衣をあらためて、仏教に帰しつつ終に素懐をとげき。不思議なりし事なり。すなわち明法房是れなり。聖人これをつけ給いき。

(絵)


康永二歳 癸未 十一月一日絵詞染筆訖。  沙門宗昭 七十四


本願寺聖人伝絵 下末

 聖人、東関の堺を出でて、花城の路におもむきましましけり。或日晩陰におよんで箱根の険阻にかかりつつ、遙かに行客の蹤を送りて、漸く人屋の枢にちかづくに、夜もすでに暁更におよんで、月も、はや孤嶺にかたぶきぬ。時に、聖人あゆみよりつつ、案内したまうに、まことに齢傾きたる翁のうるわしく装束きたるが、いとこととく出で会いたてまつりて、いう様、「社廟