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たして無為に参着の夜、件の男、夢に告げて云わく、証誠殿の扉を排きて、衣冠ただしき俗人仰せられて云わく、「汝何ぞ我を忽緒して汚穢不浄にして参詣するや」と。爾の時かの俗人に対座して聖人忽爾として見え給う。其の詞に云わく、「彼は善信が訓によりて、念仏する者なり」と云々 爰に俗人、笏を直しくして、ことに敬屈の礼を著しつつ、かさねて述ぶるところなしと見るほどに、夢さめおわりぬ。おおよそ奇異のおもいをなすこと、いうべからず。下向の後、貴房にまいりて、くわしく此の旨を申すに、聖人、「其の事なり」とのたまう。此れ又不可思議のことなりかし。

(絵)

 聖人、弘長二歳 壬戌 仲冬下旬の候より、いささか不例の気まします。自爾以来、口に世事をまじえず、ただ仏恩のふかきことをのぶ。声に余言をあらわさず、もっぱら称名たゆることなし。しこうして同じき第八日午の時、頭北面西右脇に臥し給いて、ついに念仏の息たえましましおわりぬ。時に頽齢九旬に満ちたまう。禅坊は長安馮翊の辺 押小路南万里小路東 なれば、はるかに河東の路を歴て、洛陽東山の西の麓、鳥部野の南の辺、延仁寺に葬したてまつる。遺骨を拾いて、同じき山の麓、鳥部野の北、大谷にこれをおさめたてまつりおわりぬ。而るに、終焉にあう門弟、勧化をうけし老若、おのおの在世のいにしえをおもい、滅後のいまを悲しみて、恋慕涕泣せずということなし。